バックナンバー【PC GIGA 2006年9月号掲載】

『君の名は(笑)』

 さて、世間では古くから「人様の名前を笑ってはいけない」と言います。
「人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ」と、兼好法師も『徒然草』で700年前に指摘しています。凝った名前を付けるのは無意味なことで、変なことをしたがる奴に限って教養が無い、ということです。
 たいへんもっともな言葉ですが、この言葉の成立過程を還元してみると、
・変な名前は昔からある
・人々は変な名前を笑っている
・それでも変な名前をつける奴がいる
という、3つの要素に分解できます。
人の名前を笑ってはいけないという結果は、「思わず笑いそうになる名前がある」という原因によって端を発するということに他なりません。

 そもそも名前とは、自分以外の誰かが付けてしまうもの。自分の名前を自分で決める人は滅多にいません。それゆえに名前を理由に当人を侮辱するのは人としてどうかと思います……が、名付け親の見識を密かに疑ったことは、誰しも1度や2度は経験しているはずです。
実際、大学の講師ですら、偏差値の高い女子大ほど「子」の付く普通の名前が多く、低い女子大ほど生徒の名前が派手、というネタのコラムを書くほどです。
たとえば、ふとしたことから名前の派手さと生活水準はだいたい反比例してるとか、成績がいい奴ほど名前はありきたりだとか、そういえば変な名前の友達の家に遊びに行ったときにそいつんちの父ちゃんを見て超納得など。そういう事実に気付いてしまうというもの。

 まったく、自分の血を分けた子供に珍妙な名前を付ける連中はいったい何を考えてるんだ? ……と常々考えるソフトハウス経営のSさんは、Sさん、妹、弟という3人兄弟の長男です。
Sさん兄弟3人それぞれ結婚し独立して家庭を持つようになり、そしてそれぞれ子供が産まれる時期に差し掛かりました。おめでたいことは重なるものです。
 まずはSさんに女の子が産まれました。
Sさんは育児・出産関係のサイトを見ていて発見した「子供の名付け(命名)DQN度ランキング(http://dqname.selfip.net/)」というサイトを参考に名前を考えます。
「名前には意味があります。痛い名前の子供というのは「私の親はヴァカです」というメッセージが込められているのです」
などの、いちいち心に沁みる名言集に激しく同意しながら、子供には変哲が無く日本人らしい名前をつけてあげようと決意を新たにしました。世界のイチローだって本名は鈴木一朗なのです。
 次に産まれたのは弟の息子たちで、いずれも戦国大名のように威厳のある質実剛健な名前にしました。かといって、誰でも知ってるような有名武将の名前をそのまま付けるような軽薄なマネはしません。
地味過ぎず、かといって軽薄ではない。この子が老人になってもしっくりと来る名前です。弟の子供の名前があまりにもバランスが取れていたので、Sさんですら娘の名前はちょっと地味過ぎたかもしれないと思ったほどです。
 最後に妹が男の子を産みました。
妹は長年必ずこれにすると心に決めていた名前があったそうです。
その名前を聞いてみました。
『由奈』でした。Sさんの妹は何の根拠も無く産まれるのは女の子だと思い込んでいたようで、男の名前は全く考えていませんでした。なんと男の子なのに、そのまま名前をつけようとしたわけです。
それ以前に全国の由奈さんには申し訳ありませんが、『ゆな=湯女』とは今で言うソープ嬢のことです。暖めていた名前がソープ嬢! しかも男!
Sさんは義理の弟を説得してなんとか名前を変えさせましたが、次につけた名前は『海星志』と書いて『みほし』でした。
ちなみに、海星と書けば普通は「ヒトデ」と読みます。しかし止めようにも妹は既に一度名前を却下されているため、意固地になっています。
出生届を出されるまでを期限に、産まれたばかりの姪のためのSさんの戦いは始まったばかりです。